文の林

つたない文章の雑木林です

リモート旅行

髪の毛がモジャモジャのM博士は考えた。
いつも家で何やら研究しているので
たまには、どこか旅行に行きたいと。
だけどなぁー、いつも椅子に座っているので
足腰が弱ってしまったからな。
楽に旅行が出来る方法はなかなぁー。

そこで、M博士は考えた。
観光地に行って
見る、目があれば、レンズから覗けばいいか
聞く、耳があれば、マイクで音を拾うか
嗅ぐ、鼻があれば、臭いセンサーが必要か
味わう、舌が必要か、味覚センサーがあるな
触る、手が必要、触覚センサーが必要だ
以上の五感だけを旅先に持っていき
通信機能で家でくつろいでいる私(本体)に
伝えられれば良いのではないか。
これなら家の中に居て疲れないで、
旅先にいる雰囲気を味わえる。
家であたかも会社で仕事をしているような
リモートワークの発展形だ。

M博士は、モジャモジャの髪の毛をさらに
モジャモジャにして研究に没頭した。
なんとか五感を携帯電話の大きさに
詰め込んだ「携帯ファイブセンス」の
プロトタイプを完成させた。

M博士は、添乗員の仕事をしている友人に
携帯ファイブセンスを旅先に持って行って
欲しいと頼んだ。
数日後、友人は携帯ファイブセンスをもって
旅行に出かけた。
観光名所にレンズを向け説明をした。
その土地で美味しいと言われている名物は、
少しだけ味覚センサーに乗せた。
古い建物の近くに行ったら壁や塀に
触覚センサーをあてた。

M博士は、家でゴロリと横になりながら
旅情を味わった。
歩かないので足腰に疲れはない。

添乗員の友人が戻ってきた。、
友人はこれからのツアーはこれだと言った。
添乗員が10人のツアー客を連れて行くより、
10台の携帯ファイブセンスを持っていく方が
だんぜん楽だと言った。
交通費と宿泊費は、添乗員の分だけ、
食事は一人分だけあればよい。
観光地の自由行動で集合時間に
遅れてくるような人が出ない。
足腰が弱り歩くのが困難な人、
寝たきり老人も参加できる。
良いことずくめだ。
添乗員は、携帯ファイブセンスを
「五感飛行」というネーミングで
量産して売ってもらえれば、
ツアー客は増加すると息巻いた。

M博士は言った。
たしかに自宅に居てタイムリーにリアルな
旅行気分を味わえるのはとてもとても
素晴らしいことだ。
だがね、旅先から自分の意志とは関係なく
休みなく次々と情報を伝えてくるとね、
本体に付いているこの脳が疲れてきて、
眠れ眠れと指示を出してくるんだ。
ほとんど寝ていたのだよ。
だから、実用にはならんなぁ。

添乗員は思った。
せっかく大金を払ってツアーに参加しても
寝てばかりの人もいるなぁ。
それと同じかーー。