文の林

つたない文章の雑木林です

C死の場合

晩秋で陽ざしが弱くあたっている縁側。
ロッキングチエアーに座って
薄いウイスキーを飲んでいる。
ステレオからクラシックが小さく聞こえてくる。
読みかけの本は膝の上に伏せて
置かれている。
心地よい揺れが眠りを誘ってくる。

頭の中に懐かしい昔がよみがえってきた。
親が不動産を残して亡くなったので
会社勤めはしたことがない。
不動産屋さんから家賃や地代が
入ってくるので勤めなくても良かったからだ。
親戚のおじさんからお見合いの話があった。
相手の女性は明るく元気なのが気に入った。
治子は私の事を面白味のない人と思った
ようだがこの先待っていてももっと良い人と
出会えるかわからないので結婚することに
決めたのだと、後で教えてくれた。
治子と結婚して子供は二人できた。
結婚適齢期を過ぎて独身でいる。
親の働いている姿を見せられなかったせいか、
子ども達が普通に就職して正社員になって
働く気がないのが心配だ。

友達から会社設立を持ちかけられた。
絶対に儲かるから、資金を用意してほしいと
言われた。
お金は銀行に預けているだけなら減るだけで
増えないと言う。
私は資金を用意して社長になった。
友達は順調に進んでいる、これから
儲かる時期が来ると言う。
その後も運転資金を出してくれ言われた。
出してくれないと今までにつぎ込んだお金が
無駄になる言うのでお金を出し続けた。
しばらくして、取引先から私に連絡が来て
友達に連絡がつかないと言う。
友達は行方不明になっていた。
騙されたと気づいたときは遅かった。
会社にお金は残っていなかった。

次は絶対に儲かるITビジネスだった。
知り合いから、これは確実だと言われ、
投資したが、また、騙されてしまった。
なにせ、騙す人は口がうまいのだ。
銀行にいくら定期預金していても
日本銀行の政策でマイナス金利になり
金利なんてほんのわずかになり、そのうち
預けているだけで手数料を取られるようになり
預金が目減りしていくと言う。
先を読める人たちは、これからはITだよ、
今お金を投資しないでどうすると言う。
お金持ちはみんなそうしているとも言う。
社長とかの立派な肩書は要らないから、
前に持ち逃げされてあけた穴を埋めようと
したが、さらに穴を大きくしてしまった。
世の中に「絶対」という事がないことを
大きな代償を払って学んだ。
陽気な妻がいたので、死ぬことは
無かったが、相当落ち込んだ。

親が残した建物は古くなっていたので
既に壊していた。
土地もほとんど手放していた。
過去の失敗から、これからは堅実にと、
銀行からお金を借りて、残っていた土地に
小さなビルを建てた。
収入はテナント料と家賃。
その収入から大方は銀行からの
借入金の返済で消えていく。
その返済も今月で終わる。
1階店舗1ヶ所が空いたままだが
上の住居の今のところ満室だ。
満室状態が続くことを望んでいるが
転勤で引っ越していく入居者もいるし
郊外に家を建てて出ていく人もいる。
それでも、まぁ、なんとか一息付けた。
長い間苦労をかけた治子と二人で
豪華客船でクルーズでもしようかな。

治子が買い物から帰ってきた。
「何、幸せそうな顔をして寝ているの」
「どうしたの?」と治子が聞いた。
「エッ、葬儀社、お坊さん、イヤイヤ違う違う、
 救急車、アッ、警察、こんな時は
 どこに電話するのよ
 ねぇ、あなた教えてーー」